シンポジウム「サスティナブル日本」02
藤崎健吉氏〔司会進行役〕

日本の農業の構造的な問題が浮き彫りになってきましたが、解決法はあるのでしょうか。
また、食のLCA(life cycle assessment)、これは食にかかわる生産から回収再利用や廃棄までの過程で環境にあたえる影響度を示すものですが、そのことに関してどのような発想の転換をしていかなければならないのでしょうか。
あるいは、コメについて考えただけでも、政策的なものだけでなく、生活者がコメを食べなくなっているという問題などが山積しています。
技術的には解決でき、チャンスがあれば日本の農業は大きく変えられるという生産者を代表する高坂さんからのご意見もありましたが、日本の農業の現状はどうなっているのでしょうか。
食料自給率は熱換算で約40%、これは世界で最低の水準だといわれています。このまま地球温暖化が進んだ場合、海外依存率が高い日本は、食料の安定供給が可能なのでしょうか。食料自給率を上げるためには、なにをしたらいいのでしょうか。
さらに、就農者の高齢化や後継者不足、農村地域の過疎化などの問題もあります。農業生産法人などが立ち上がっていますが、既存の受益者勢力や構造的な問題に対して、どういったことができるのでしょうか。
問題は枚挙にいとまがないですが、これらの解決の糸口はどういったところにあるとお考えですか。
花田紀凱氏

食料自給率がどんどん下がっているのは日本だけです。アメリカやフランスなどの諸先進国は、食料自給率を80%にまで上げてきているのです。日本はなんの対策もしていないと思われても仕方がありません。
田中康夫氏

日本は、昭和40年代でも食料自給率が70%です。自分が食べるものに事欠いていて、安全保障などを論じている愚かな国家だと、海外のメディアから嘲笑されているのも自業自得でしょう。
せっかく日本料理が生活習慣病にいいと評判なのに、その原料はほとんど輸入品なのです。たとえば健康食品の代名詞である豆腐ですが、原料となる大豆の自給率はわずか5%しかありません。対して、アメリカやフランスの大豆自給率は100%以上です。
農業に限らず、「認識」「選択」「仕組み」を変えなければならない時期なのに、永田町や霞ヶ関では机上の空論から脱せていません。過去の成功体験に寄りかかって利益の恩恵にあずかろうという組織の人たちは、あの手この手で仕組みを変えることを拒むからです。
だから、わたしは自立的な農業をきちんとする人、すなわち従来の農業組織が「これだけ使いなさい」と強要していた農薬の使用を、半分以下に抑えようと奮闘努力する生産者たちを支援しました。その予算は、おねだりの補助金ではなく、実際に食の未来を考えて踏み出している人たちへ支援金と認識していました。
その甲斐があって、彼らの生産物が首都圏や関西圏で評判になりました。少し値は張るのですが、食に意識が高い生活者が納得して購入するといいます。それならば、県が支援して「農政部が流通経路をもっと開拓しましょう」と提案したところ、彼らは「本当にありがたいお話なのですが、地元の組織を通さないで全部出荷すると、子どもが学校でいじめられるから」と断腸の思いであきらめるのです。
ウルグアイラウンドの対策費も含めて、日本の農業は「箱もの行政」にどっぷり浸かっています。農林水産省の予算のなかでも農業土木は公共事業なのです。そこから脱却するためには、実際に次世代へ向けた農業に踏み出している人を支援しないと意味がないのです。田んぼをやめた人にはお金を出し、規定量の農薬を散布した人を優遇する制度を根本から見直さなければなりません。少なくとも、「田んぼをやめたら、次の違う作物を植えてからじゃないとお金は出しませんよ」という制度改革くらいはできるはずです。

















